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最高裁判所第一小法廷 平成元年(オ)666号 判決

上告人

明星自動車株式会社

右代表者代表取締役

橋本等

右訴訟代理人弁護士

小林昭

南出喜久治

右補助参加人

藤谷藤吉

右訴訟代理人弁護士

礒川正明

相内真一

被上告人

北村豊藏

西村光雄

辰巳行正

北川敏二

土岐修一

白井芳三

田中淳一

西村善四郎

加島次男

大宅善三郎

松山友明

角谷長三郎

堀正一

中嶋一彦

亡樫田勇訴訟承継人

樫田久美重

亡樫田勇訴訟承継人

樫田俊昭

藤本健司

小林一樹

長谷川甚吉

南好夫

右二〇名訴訟代理人弁護士

橋本盛三郎

浜田次雄

松浦武二郎

松浦正弘

山下潔

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

一上告代理人小林昭、同大戸英樹、同南出喜久治の上告理由二、三について

1  本件記録及び原審の適法に確定したところによると、訴えの変更に関する事実関係の概要は次のとおりである。

(一)  上告人は、昭和三三年に設立されたタクシー事業及び貸切バス事業等を営む株式会社であり、昭和五九年八月当時の資本の額は三五〇〇万円、会社が発行する株式の総数は一〇万株、発行済株式の総数は七万株(一株の額面金額は五〇〇円)であったところ、同年八月二三日開催の取締役会において、発行株式の種類及び数を記名式普通額面株式一万株、発行価額を一株につき三九〇七円、申込期日を同年九月一三日、払込期日を同月一四日、募集の方法を第三者割当、割当てを受ける者を株式会社明星観光サービスとする新株発行を決議した。

(二)  上告人の株主である被上告人北村豊藏は、本件新株発行に対して、京都地方裁判所に商法二八〇条ノ一〇に基づく新株発行差止請求訴訟を本案とする新株発行差止めの仮処分の申立てをし、昭和五九年九月一二日、仮処分命令(以下「本件仮処分命令」という。)を得た。その上で、上告人の株主である被上告人ら(被上告人樫田久美重、同樫田俊昭を除く。)及び樫田勇(以下「被上告人ら」という。)は、同月二〇日、新株発行差止請求の訴えを提起した。右訴えの理由とするところは、本件新株発行は、現在の取締役会の方針に反対する株主の持株比率を減少させ、上告人会社の支配確立を目的としたもので、商法二八〇条ノ二第二項に違反し、かつ、著しく不公正な方法によるものであって、株主である被上告人らが不利益を受けるおそれがあるというものであった。

(三)  上告人は、昭和五九年九月一三日、本件仮処分命令に対して異議を申し立てたが、本件新株発行はそのまま実施することにし、前記明星観光サービスから払込期日に新株払込金の支払を受けた。

(四)  本件新株発行に対する差止請求訴訟は、昭和五九年一〇月二三日に第一審の第一回口頭弁論期日が開かれて以来審理が続けられたが、昭和六〇年一〇月三一日の第一審第八回口頭弁論期日において、上告人から本件新株発行は既に実施されているから新株発行差止請求は訴えの利益がなくなったとの主張がされた。

(五)  そのため、被上告人らは、昭和六〇年一二月二日に第一審に提出した同日付け準備書面で、本件仮処分命令に違反する新株発行は効力を生じないが、仮に効力を有するとすれば、予備的に、右新株発行差止請求の訴えを商法二八〇条ノ一五に基づく新株発行無効の訴えに変更する旨の申立てをした。右新株発行無効の訴えで主張する無効事由は、仮処分命令違反が付加された以外は、それまで差止事由として主張してきたものと同一であった。

2  右事実関係に照らすと、本件新株発行に対する差止請求の訴えと右訴えを本案とする本件仮処分命令に違反してされた新株発行に対する無効の訴えとは、事前と事後の違いはあるが、ともに本件新株発行により不利益を受けるとする被上告人ら株主がその新株発行を阻止し、若しくはその効力を否定しようとするものであって、同一の経済的利益を追求するものということができる上、新株発行差止請求の訴えの訴訟資料、証拠資料を新株発行無効の訴えの審理に利用することが期待できる関係にあるということができるから、旧訴である新株発行差止請求の訴えと新訴である新株発行無効の訴えとの間には請求の基礎に同一性があるものというべきである。

3  ところで、訴えの変更は、変更後の新請求については新たな訴えの提起にほかならないから、変更後の訴えにつき出訴期間の制限がある場合には、出訴期間の遵守の有無は、原則として、訴えの変更の時を基準としてこれを決すべきであるが、変更前後の請求の間に存する関係から、変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起時に提起されたものと同視することができる特段の事情があるときは、出訴期間が遵守されたものとして取り扱うのが相当である(最高裁昭和五九年(行ツ)第七〇号同六一年二月二四日第二小法廷判決・民集四〇巻一号六九頁参照)。

これを本件についてみるに、前示事実関係によれば、本件新株発行に対する差止請求の訴えは、被上告人北村豊藏が本件仮処分命令を得た後、新株発行がされることにより持株比率の減少等の不利益を受けるとする被上告人らによって、本件新株発行を阻止する目的の下に提起されたものであって、被上告人らは、右訴えの提起により、万一右仮処分命令に違反して新株が発行された場合には右新株発行の効力を争い、仮処分命令違反をその理由とする意思をも表明していると認められるから、本件で変更された新株発行無効の訴えについては、新株発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視することができる特段の事情が存するものというべきである。

4  以上の次第であるから、新株発行無効の訴えへの変更を認め、無効原因として本件仮処分命令違反の主張をすることは許されるとした原審の判断は、その結論において是認することができる。論旨はいずれも採用することができない。

二同四について

商法二八〇条ノ一〇に基づく新株発行差止請求訴訟を本案とする新株発行差止めの仮処分命令があるにもかかわらず、あえて右仮処分命令に違反して新株発行がされた場合には、右仮処分命令違反は、同法二八〇条ノ一五に規定する新株発行無効の訴えの無効原因となるものと解するのが相当である。けだし、同法二八〇条ノ一〇に規定する新株発行差止請求の制度は、会社が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正な方法によって新株を発行することにより従来の株主が不利益を受けるおそれがある場合に、右新株の発行を差し止めることによって、株主の利益の保護を図る趣旨で設けられたものであり、同法二八〇条ノ三ノ二は、新株発行差止請求の制度の実効性を担保するため、払込期日の二週間前に新株の発行に関する事項を公告し、又は株主に通知することを会社に義務付け、もって株主に新株発行差止めの仮処分命令を得る機会を与えていると解されるのであるから、この仮処分命令に違反したことが新株発行の効力に影響がないとすれば、差止請求権を株主の権利として特に認め、しかも仮処分命令を得る機会を株主に与えることによって差止請求権の実効性を担保しようとした法の趣旨が没却されてしまうことになるからである。

右と同旨の見解に立ち、本件仮処分命令に違反して行われた本件新株発行を無効とした原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

三その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

四よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官味村治、同大白勝の補足意見、裁判官大堀誠一、同三好達の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官味村治の補足意見は、次のとおりである。

私は、多数意見に同調するものであるが、三好裁判官らの反対意見にかんがみ、そこで指摘されているいくつかの問題点について、私の考えを補足しておきたい。

一1  反対意見は、多数意見のように、本件新株発行無効の訴えは本件新株発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視できるとするには、新株発行差止請求の訴えは新株発行無効の訴えのいわば前駆的訴訟で、両者は制度的に同一の目的を有する関連した訴えとしてとらえ得ることが一つの前提となるとし、新株発行差止請求権及び新株発行無効の訴えは相関連する制度として創設されたものではなく、新株発行差止請求の訴えと新株発行無効の訴えは、訴えの性質、原告適格、請求原因、判決の効力等を異にするから、右の前提を肯定することはできないという。

2  しかし、新株発行差止請求権は、会社が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正な方法によって株式を発行し、株主がこれにより不利益を受けるおそれのある場合に事前に発行を阻止することにより会社に対する監督是正を行う株主の共益権であり、株主の新株発行無効の訴え提起権は、会社が法令定款等に違反して新株を発行した場合に事後に新株発行を無効とすることにより、会社に対する監督是正を行う株主の共益権である。新株発行差止請求の事由となる法令定款違反等の中には、新株発行の無効原因とならないものがあるが、これは、新株発行を事後に無効とするについては取引の安全を考慮する必要があるが、新株発行を事前に差し止めるについてはそのような必要がないことによるもので、株主の新株発行差止請求権と株主の新株発行無効の訴え提起権は、いずれも新株発行について会社に対する監督是正を行うという目的のため株主に認められた共益権である。本件新株発行無効の訴えは本件新株発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視できるとするための制度的前提としては、以上述べたところで十分であると考える。

二1  反対意見は、新株発行差止請求権に係る訴えを本案とする差止めの仮処分命令は、会社に当該株主に対する不作為義務を課するにとどまり、会社の新株発行権限に影響を与えないから、新株発行無効の訴えにおける無効原因となり得ないという。

2  しかし、商法は、新株発行無効の訴えにおける無効原因を法定していないから、新株発行に法令定款違反等の瑕疵がある場合にその瑕疵を無効原因と解するか否かは、当該法令定款の趣旨等によって判断することとなる。そして、多数意見は、商法二八〇条ノ一〇及び二八〇条ノ三ノ二の趣旨により、右の仮処分命令に違反した新株発行に無効原因があると解するものである。

なお、反対意見は、多数意見によると、仮処分債権者以外の株主で新株発行により不利益を受けるおそれのない者、取締役又は監査役が新株発行無効の訴えを提起した場合にも、右仮処分命令違反が無効原因となるものと解せざるを得ないことになるとして、多数意見を論難する。しかし、右の株主が右仮処分命令違反を理由として新株発行無効の訴えを提起することは、株主は他の株主に対する招集通知の瑕疵を理由として株主総会決議取り消しの訴えを提起することができると解されている(最高裁昭和四一年(オ)第六六四号同四二年九月二八日第一小法廷判決・民集二一巻七号一九七〇頁参照)ことに徴しても、不当ということはできない。また、取締役又は監査役が右仮処分命令違反を理由として新株発行無効の訴えを提起することは、その職務上当然のことというべきである。

裁判官大白勝は、裁判官味村治の補足意見に同調する。

裁判官三好達の反対意見は、次のとおりである。

私は、多数意見と異なり、原判決中本件新株発行無効の訴えに係る部分を破棄し、右訴えを却下すべきものと考えるので、以下その理由を述べる。

一  多数意見は、本件新株発行無効の訴えは、出訴期間の遵守に欠けるところはないとするが、その理由とするところは、本件新株発行差止請求の訴えは、被上告人北村豊藏が本件仮処分命令を得た上で提起したものであり、被上告人らは、右訴えの提起により、万一右仮処分命令に違反して新株が発行された場合には右新株発行の効力を争い、仮処分命令違反をその理由とする意思をも表明していると認められるから、その後予備的に提起した本件新株発行無効の訴えは、本件新株発行差止請求の訴え提起の時に提起されたものと同視できる、というのである。また、多数意見中には、本件新株発行差止請求の訴えと本件仮処分命令に違反してされた新株発行に対する無効の訴えとは、事前と事後の違いはあるが、ともに本件新株発行により不利益を受けるとする被上告人らがその新株発行を阻止し、若しくはその効力を否定しようとするものであって、同一の経済的利益を追求するものということができる、との説示も見られる。これらによれば、出訴期間の遵守に欠けるところがないとする多数意見は、本件新株発行差止請求の訴えは本件新株発行無効の訴えのいわば前駆的訴訟であって、両者は制度的に同一の目的を有する関連した訴えとしてとらえ得ること、及び、新株発行差止請求権に係る訴えを本案とする仮処分命令違反が新株発行無効の訴えにおける無効原因となるべきことを前提としているものと解せられる。けだし、そうでなければ、被上告人らの主観的意図はともかく、法的には、前記のような意思の表明を認める余地はなく、原審の適法に確定した本件事実関係の下においても、本件新株発行差止請求の訴えを提起した時点で、本件新株発行無効の訴えが提起されたと同視することは到底できないからである。多数意見の引用する最高裁昭和五九年(行ツ)第七〇号同六一年二月二四日第二小法廷判決・民集四〇巻一号六九頁の判示は、土地改良事業において一時利用地が従前地に照応していないことを理由とする一時利用地指定処分の取消しの訴えをその一時利用地をそのまま換地として指定した換地処分の取消しの訴えに変更した場合に係るものであって、変更前の訴えも変更後の訴えも、いずれも同一の土地改良事業の手続において関連してされた行政処分の取消しの訴えであり、いずれの訴えにおいても取消事由となり得る共通した瑕疵が取消事由として主張されている場合に係るものなのである。

そこでまず、出訴期間遵守の有無の検討に先立ち、これらの点を検討することとする。

二  新株発行差止請求権に係る訴えと新株発行無効の訴えの制度的関連の有無

商法二八〇条ノ一〇は、「会社ガ法令若ハ定款ニ違反シ又ハ著シク不公正ナル方法ニ依リテ株式ヲ発行シ之ニ因リ株主ガ不利益ヲ受クル虞アル場合ニ於テハ其ノ株主ハ会社ニ対シ其ノ発行ヲ止ムベキコトヲ請求スルコトヲ得」と規定しているが、この差止請求権は、「株主ガ不利益ヲ受クル虞アル場合ニ於テハ其ノ株主ハ」との規定からして、その発行により不利益を受けるおそれのある個々の株主の個人的権利としての会社に対する請求権であることが明らかであり、右請求権は、それだけでは新株発行の無効原因とはなり得ない程度の瑕疵があるのにすぎない場合にも、その発行により不利益を受けるおそれのある個々の株主がその差止めを求めることができる権利として創設されたものである。そして、右請求権は訴えによってのみ行使すべきことを定めた規定や訴訟上行使して得た勝訴判決が第三者に対しても効力を有することをうかがわせる規定は見当たらないから、株主は訴訟外でもこれを行使することができるものというべきであるし、株主がこの請求権を訴訟によって行使し、勝訴判決を得たとしても、その判決は、会社の当該新株発行の権限を対世的に制約する法律状態を形成するものではないというべきである。それゆえ、会社が当該新株を発行しても、右請求権を行使した株主に対し損害賠償の義務を負うは格別、発行自体が無効とされることはないといわなければならない。

これに対し、同法二八〇条ノ一五所定の新株発行無効の訴えは、新株発行の全体を通じてその効力に影響を及ぼすような法令又は定款の違反がある場合に、その無効を一体として画一的に確定するための会社組織法上の訴えとして創設されたものであって、新株発行の無効はこの訴えによってのみ主張することができ(同条一項)、これを無効とする判決は第三者に対しても効力を有する(同法二八〇条ノ一六、一〇九条)。原告適格についても、株主、取締役又は監査役がその資格においてその者自身が不利益を受けるおそれの有無にかかわらず提起することができ、株主が提起する場合は、共益権の一つとしての監督是正権の行使に当たるとされている。

してみれば、新株発行差止請求権と新株発行無効の訴えとは、相関連する制度として創設されたものではなく、右請求権の行使として提起される差止請求の訴えと新株発行無効の訴えは、訴えの性質、原告適格、請求原因、判決の効力等を異にすることが明らかであるから、新株発行差止請求の訴えを新株発行無効の訴えのいわば前駆的訴訟であるとしたり、両者を制度的に同一の目的を有する関連した訴えとしてとらえたりすることはできないものといわなければならない。

三  新株発行差止仮処分命令違反と新株発行無効の訴えの無効原因

1  新株発行差止請求権に係る訴えを本案とする差止仮処分に関しては、商法その他の法令に特段の規定は存在しないから、その仮処分命令の効力は、もっぱら仮処分の一般原則によるほかはない。そして、二に述べたように、株主がこの差止請求権を行使しても、その効力は個々の株主と会社との間の債権債務を形成するにとどまり、仮に株主が勝訴判決を得たとしても、同様であることからすれば、右請求権に係る訴えを本案とする仮処分命令の効力もまた、会社に当該株主に対する不作為義務を課するにとどまるものといわなければならず、それ以上の効力を有するとすることは、理にもとることが明らかである。してみれば、右仮処分命令は、会社の新株発行権限にいかなる影響をも与え得るものではない。このことは、新株発行差止仮処分命令については、登記等の公示方法によってこれを公示する規定がないことによっても裏付けられるというべきで、このような公示を欠きながら、仮処分命令がその手続の当事者以外にまで効力を持つとするならば、第三者の権利保護について配慮を欠くとのそしりを免れない。

このように、会社の有する新株発行権限は、新株発行差止請求権に係る訴えを本案とする差止仮処分命令によっていかなる制約をも受けることはないから、会社が右命令に違反しても、それが新株発行無効の訴えにおける無効原因となり得ないことは明らかである。

2  多数意見は、新株発行差止仮処分命令違反がその発行の効力に影響がないとすれば、差止請求権を株主の権利として特に認め、しかも仮処分命令を得る機会を株主に与えることによって差止請求権の実効性を担保しようとした法の趣旨が没却されてしまうこととなるという。

しかしながら、本来仮処分命令は、疎明によって発せられる暫定的裁判であり、そのような裁判につき多数意見の説示するような強力な効力を認めることは、そのように解するに足る明確な法令の定めをまって、はじめてなし得るところ、多数意見の挙示する商法二八〇条ノ一〇及び二八〇条ノ三ノ二を新株発行差止仮処分命令の効力にまで言及した規定ということができないことは、その文言から明らかである。

そればかりではない。二に述べたように、もともと新株発行差止請求権は、それだけでは新株発行の無効原因とはなり得ない程度の瑕疵があるのにすぎない場合にも、その発行により不利益を受けるおそれのある個々の株主がその差止めを求めることができる権利として創設されたものであって、当該株主が自己の権利保全のために仮処分命令を得ているからといって、それに違反してされた新株発行を全体として無効としてしまうことは、一般に新株発行無効の訴えにおける無効原因が取引の安全保護の見地から制限的に解されてきている傾向に背馳し、本来無効原因とはならない瑕疵をも無効原因としてしまうのと同様の結果となり、かえって、不当な結果をもたらすというべきであろう。更にいえば、仮に新株発行差止仮処分命令違反が新株発行無効の訴えにおける無効原因となるとするならば、その仮処分債権者以外の株主であって新株発行により不利益を受けるおそれのない者、取締役又は監査役が新株発行無効の訴えを提起した場合においても、右仮処分命令違反が無効原因となるものと解さざるを得ないであろう。現に本件でも、仮処分債権者は被上告人北村豊藏のみであるのにかかわらず、多数意見は、その余の被上告人らも右仮処分命令違反を無効原因として主張できるとの前提にたって、その余の被上告人らの請求を認容すべきものとしており、かくては、本来は新株発行無効の訴えにおける無効原因とはなり得ず、個々の株主の利益を擁護すべき差止原因にとどまるべき事実が、株主の一人が自己の個別的権利保全のための暫定的裁判である差止仮処分命令を得ているとの一事によって、他の株主、取締役又は監査役の提起する新株発行無効の訴えにおいて第三者に対する関係においても新株発行を無効とする原因となってしまうのである。ちなみに、本件は、被上告人らにおいて、新株引受権を株主以外の者に付与することについて株主総会の特別決議を経ないで新株発行がされ、かつ、著しく不公正な方法により新株発行がされたことを差止請求の事由として主張し、変更後の無効の訴えにおいて、これらに付加して差止仮処分命令違反をも無効原因として主張した事案であるが、右特別決議の欠缺は新株発行無効の訴えにおける無効原因とはなり得ないとされており、(最高裁昭和三九年(オ)第一〇六二号同四〇年一〇月八日第二小法廷判決・民集一九巻七号一七四五頁参照)、原審も、被上告人ら主張の無効原因のうち差止仮処分命令違反以外は、無効原因とはならないとして、これを排斥しているのである。

付言するに、一般的にいって、単純な不作為のみを命ずる仮処分命令は、その実質において、当該当事者間における債務者の不作為義務を確認する意味を有するにとどまり、それを無視する債務者に対してはその実効性を確保することは困難なのである。それは仮処分命令によって形成された不作為義務の強制的実現のための方策が現行法上不十分であることによる共通の結果であって、新株発行差止仮処分命令についてのみ、その実効性が確保されていないわけではない。そのような方策に係る立法がない以上、会社が右仮処分命令を無視したとしても、債権者である株主の救済は、会社に対する損害賠償の請求その他当該株主と会社ないし取締役との間の個別的関係において図られるほかはないというべきである。

四  出訴期間の遵守の有無

二に述べたように、新株発行差止請求権と新株発行無効の訴えとは、相関連する制度として創設されたものではなく、右請求権の行使として提起される差止請求の訴えと新株発行無効の訴えは、訴えの性質、原告適格、請求原因、判決の効力等を異にすることが明らかであるから、新株発行差止請求の訴えを新株発行無効の訴えのいわば前駆的訴訟であるとしたり、両者を制度的に同一の目的を有する関連した訴えとしてとらえたりすることはできないこと、三に述べたように、新株発行差止仮処分命令違反は、新株発行無効の訴えにおける無効原因とはなり得ないものであることからすれば、原審の適法に確定した本件事実関係の下においても、本件新株発行差止請求の訴えを提起した時に本件新株発行無効の訴えが提起されたと同視することができる特段の事情があるとする余地はなく、本件新株発行無効の訴えは、出訴期間を徒過して提起された不適法な訴えといわざるを得ない。

裁判官大堀誠一は、裁判官三好達の反対意見に同調する。

(裁判長裁判官三好達 裁判官大堀誠一 裁判官味村治 裁判官小野幹雄 裁判官大白勝)

上告代理人小林昭、同大戸英樹、同南出喜久治の上告理由

一 原判決は、本件第二次新株発行について、被上告人の予備的追加的訴の変更を認めて第一審判決を取消し、当該新株発行が無効であるとして被上告人の予備的請求を認容した。

しかしながら、原判決には、以下のとおり、(1)判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背(法令解釈の誤り、判例違反及び著しい審理不尽)、(2)理由不備及び(3)理由齟齬の各事由があるものであって、破棄を免れない。

二 (訴の変更の不許について)

1 商法第二八〇条ノ一五所定の出訴期間は、いわゆる「不変期間」である。従って、原判決二〇枚目表一一行目に述べるように、「訴えの変更は、変更後の新請求については、新たな訴えの提起にほかならない」のであり、これを無視して漫然と訴えの変更を許容したことは、同法の立法趣旨の根幹を否定するに等しいものであって、著しい違法解釈である。

2 現に、同条と立法趣旨を同じくする同法第二四八条に関する昭和五一年一二月二四日最高裁判所第二小法廷判決(民集三〇巻一一号一〇七六頁)によれば、「商法第二四八条第一項所定の期間経過後に新たな取消事由を追加主張することは許されない」としており、例外的にこれを許容しうる場合が一切存在しないことを明言している。

それゆえ、本件のような新株発行無効の事案においても、当然この判例の守備範囲に属するものであり、例外許容の余地はない。

3 また、利益衡量上も、次の二点を斟酌すべきである。即ち、

第一に、前記判例の事案は、定款変更に関する株主総会決議が議決権の代理行使に関する定款の規定に違反するとして、「当初から」その提訴期間内に株主総会決議取消訴訟を提起していたが、右提訴期間経過後に右議決権の代理行使に関する定款の規定から派生する類似の取消事由の追加、すなわち「請求原因の追加」をしようとしたものであるのに対し、本件は、新株発行差止訴訟を「別訴」である新株発行無効訴訟へと、その提訴期間経過後に「訴えの変更」をし、従来からの請求である「商法二八〇条ノ二第二項違反」と「著しく不公正な方法による新株発行」に加えて「さらに新たな請求」である「仮処分違反」を「追加」しようとするものである。すなわち、前者(前記判例の見解)は、請求の趣旨(取消請求)を同じくする同一訴訟の「請求原因の追加」ですら提訴期間後は一切許容されないとしているのに対し、後者(原判決の見解)は、提訴期間経過後に、請求の趣旨を差止請求訴訟からこれと異にする無効訴訟に「訴えの変更」することを許容し、さらに、差止請求訴訟の請求原因を無効訴訟の請求原因へと「請求原因の変更」を認めるのみならず、従来まで一切請求、主張されなかった仮処分違反の事由に関する「新訴提起」とその「請求原因の追加」を許容したことになるのであって、両者の論理及び結論は明らかに矛盾している。前者の変更が許容されないとする前記判例の見解に基づけば、当然に後者の変更も許容されるものでないことは論理の必然的帰結である。

第二に、前者の定款変更に関する株主総会決議は一回的行為であるのに対し、後者の新株発行行為は一連の累積的複合的行為である。従って、一般論としても、前者が提訴期間不遵守の例外を許容できない以上、より一層後者はその例外を許容しえないはずである。

4 以上により、原判決は、商法第二八〇条ノ一五の出訴期間に関する法文の解釈を誤るとともに、前記判例の適用及びその解釈を誤ったものである。

三 (特段の事情の要件及びその存否について)

1 原判決は、「変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるときを除き、右訴えの変更の時を基準としてこれを決すべきものである。」(原判決二〇枚目裏四行目以下)と判断し、さらに、その特段の事情の主要な事由として「控訴人ら(被上告人ら)が、昭和六〇年一〇月二九日ないし同月三一日に、被控訴人(上告人)の主張によって、本件新株の発行が既に行われたことを初めて知るに至ったことについては、『無理からぬ事情があった』と認め、これらの事情を「勘案すると、本件第二次新株発行無効の訴えは、出訴期間の関係においては、右差止請求の訴えの提起のときから既に提起されていたものと同様に取り扱うのが相当であり、出訴期間の遵守について欠けるところがないものと解するのが相当である。」としている。

しかし、右の論理は以下に述べるとおり、明らかに矛盾している。

2 すなわち、原判決は、第一審判決と同様に、「払込期日までに発行価額を払い込んだときには、新株の発行は、その翌日に効力を生じ、払込期日までに払込をしないときは、その権利を失うことになるから(同法二八〇条ノ九第二項)、『いずれにしても』、右払込期日の経過により、差止請求の訴えは、訴えの利益を失うことになるというべきである。」(原判決一二枚目表二行目以下)とか、「右差止請求権は、新株発行までに予防的に行使される救済手段であって、新株発行が行われてしまった場合には、たとえ、それが訴訟係属中であっても、差止請求権は、目的を失い、差止請求の訴えは、訴えの利益を欠き不適法なものとなると解するのが相当である。」(同一三枚目裏四行目以下)と説示した。

また、第一審判決も、「新株差止請求権は、会社が新株発行の手続を開始することによって…発生し、新株発行の日、すなわち払込期日の翌日(商法二八〇条の九)の到来(払込期日の経過)によって、株金の払込みの事実の有無にかかわらず消滅する」(二六枚目表二行目以下)と判断している。

しかし、これらの論理は、我が国の法曹の学問的知的水準からして、弁護士であれば、本件訴え提起時において、当然に知り又は知りうべき常識的な事項である。

従って、全く法律知識の素人の本人訴訟のケースならいざ知らず、本件のように、被上告人は、本件訴訟や仮処分申請事件等の提起から現在に至るまで一貫して法律の専門家である複数の弁護士を訴訟代理人に選任して訴訟追行している事案にあっては、「控訴人ら(被上告人ら)が、昭和六〇年一〇月二九日ないし同月三一日に、被控訴人(上告人)の主張によって、本件新株の発行が既に行われたことを初めて知るに至ったことについては、『無理からぬ事情があった』ことを勘案する」(原判決二四枚目表六行目)必要は一切あり得ないものである。

3 現に、被上告人らが本件第二次新株発行差止訴訟を提起したのは、本件記録上明らかなとおり、昭和五九年九月二〇日である。これは、被上告人及びその訴訟代理人らも知悉していた右第二次新株発行の払込期日である同月一四日より六日後のことである。

即ち、被上告人らの訴訟代理人らが本件第二次新株発行の差止請求訴訟を提起した時は、既にその訴えの利益を欠いていたのである。本来ならば、被上告人らの訴訟代理人らは、当然に新株発行無効訴訟を提起すべきところである。そして、被上告人ら代理人らが商法の無知ないしは誤解により、あえて訴えの利益を欠く新株発行差止訴訟を提起したことについて、上告人及びその訴訟代理人らが、その無知又は誤解を指摘し、その法律的処理を教授しなければならない義務が何ら存在しないことは自明のことである。上告人としては、「第二次新株発行を実行していない」との虚偽の主張をしないかぎり、あえて被上告人らの訴訟行為を有利に推進するための積極的助言協力をしなかったことが非難されることは断じてあり得ないものである。

また、このことが、「無理からぬ事情があった」ことにはなりえないことも明らかである。

4 以上によれば、原判決の説示は、つまるところ「代理人弁護士の商法の不知又は誤解」もまた「無理からぬ事情」であるとするに過ぎず、不変期間の絶対的遵守に例外を認めるとしても、その厳格な要件としての「特段の事情」の具体的要件内容も設定しないまま、漫然と「無理からぬ事情」があるとして、訴えの変更を許容したことは、何ら理由を付せず、また、前記のとおり、その理由に齟齬があるものである。

5 また、原判決七枚目表一行目ないし三行目、及び同二八枚目裏五行目ないし六行目に各記載の表現もいずれも意味不明であり、判決理由に齟齬がある。

6 さらに、原判決は、その二九枚目裏一行目ないし五行目に、「本件第二次新株発行がその差止の仮処分に違反することを理由にして無効である旨の主張を明確にしていなくても、裁判所が右仮処分違反による無効の点を取上げて判断することは、『必ずしも』弁論主義に反するものではない」と説示するが、これは「絶対的」に弁論主義に反する見解であって、原判決は何故にこれに反しないのかについて何ら理由を示さず、また、その例外の要件も示していない。

また、原判決がこれに引き続き、その理由付としてカッコ書きしている部分もまた意味不明の記述である。すなわち、第一に、仮定的な法律的主張が何故に「不利益陳述」=「先行自白」と評価されるのか、第二に、仮に百歩譲って「不利益陳述」=「先行自白」であるとしても、このことのみをもって何故に仮処分違反の請求の趣旨の追加(新訴提起)及びこれに伴う請求原因の追加の各時期を前記出訴期間内の時期と同視できるのか、第三に、どうして差止請求訴訟提起時に新株発行無効訴訟が提起されたといえるのか、等について、何ら理由を示していない。

7 昭和五四年一一月一六日最高裁判所第二小法廷判決(民集三三巻七号七〇九頁)の判決要旨によれば、「株主総会決議無効確認の訴の決議無効原因として主張された瑕疵が決議取消原因に該当し、しかも、右訴が決議取消訴訟の出訴期間内に提起されている場合には、決議取消の主張が出訴期間経過後にされたとしても、右決議取消の訴は出訴期間の関係では決議無効確認の訴提起時に提起されたのと同様に扱うのが相当である。」と説示している。

原判決は、「…無理からぬ事情があったことを勘案すると、本件第二次新株発行無効の訴えは、出訴期間の関係においては、右新株発行差止請求の訴えの提起のときから既に提起されていたものと同様に取り扱うのが相当であり、出訴期間の遵守について欠けるところがないものと解するのが相当である。」(原判決二四枚目表九行目以下)と判示し、右判例の立場と類似した判断をしているが、以下に述べるように、右原判決の判断は右昭和五四年最判に違反しているものである。

右最判によれば、従来より決議無効原因として主張していた事由が決議取消原因に該当する場合のみの判断であり、新たな取消原因の追加を認めたものではない。

この点において、右最判は前掲昭和五一年最判と矛盾するものではなく、変更したものでもない。すなわち、昭和五四年最判は、同一理由の交換的変更を例外的に認めたものであり、昭和五一年最判は、新たな理由の追加的変更を認めないとの趣旨なのである。

これらを本件に適用すれば、被上告人らが新株発行差止原因として主張していた(1)商法第二八〇条ノ二第二項違反の事由と(2)著しく不公正な方法による新株発行の事由の二点について、これらを新株発行無効原因とする限度において該当するのであって、新たな無効原因として主張された(3)仮処分違反の事由については該当しない。

前述のとおり、被上告人が第二次新株発行差止請求訴訟を提起したのは、払込期日以後の昭和五九年九月二〇日であるから、被上告人の意思を合理的に推測すれば、この時に新株発行無効訴訟を提起する意思があったと思われる(前記判例もおそらくこの前提に立っているものと思われる)。しかし、被上告人が訴提起の方法を誤って新株発行差止訴訟を提起したのであろうから、仮にこの落ち度が前述のとおり厳格な要件の下に救済される場合があったとしても、新たな無効原因の追加まで許容されることにはならないのである。

原判決の前記判断は、右(1)及び(2)の事由についての判断にとどまり、これと事情を全く異にする右(3)の事由を追加させることについての理由にはならず、「所定の期間内に右仮処分に違反する新株発行無効の主張があったものとみる」(三〇枚目表六行目、七行目)ことの理由にも何ら説得力はない。期間経過後に上告人がその抗弁を提出することは弁論主義の原則からして当然であるのに、その主張をしたことをもって、あたかも期間経過前にすでに主張(これでは抗弁とはいえない)をしていたとみなすような原判決の判断は論理矛盾も甚だしい。

よって、原判決には理由不備ないしは理由齟齬の違法があり、ひいては右判例及び商法第二八〇条ノ一五の出訴期間の解釈を誤ったものである。

四 (仮処分違反について)

1 本件第二次新株発行については、結果的にその差止請求の仮処分決定は被保全権利の消滅を理由として取り消されたのであり(京都地方裁判所昭和五九年(モ)第一五九〇号仮処分異議申立事件、昭和六〇年(モ)第二〇八三号仮処分取消申立事件の判決、大阪高等裁判所昭和六一年(ネ)第三九八号仮処分異議・仮処分取消申立控訴事件の判決)、違法状態は治癒されている。

2 また、仮処分違反は新株発行無効原因に該当しないことは第一審判決の判断のとおりである。

仮に、無効原因に該当するとしても、単に仮処分違反の形式的事実のみをもって肯定した原判決は、新株発行無効原因の解釈について会社の利益を一方的に無視した見解であって、商法の立法趣旨を根底から否定するものである。

原判決は、「差止の仮処分に違反する新株発行は、無効」(三一枚目表三行目)としておきながら、「無効と解しても…取引の安全を害することはない」(三二枚目表五行目以下)として利益衡量をしているようでもある。この点もまた判断基準に齟齬がある。また、その利益衡量の判断においても、無効としても差し支えない事由のみの偏面的評価であり、仮処分が取り消されたこと、仮処分の被保全権利が存在しなかったこと等無効と判断できない事情の評価を一切していない。取引の安全性のみが利益衡量の基準ではないはずである。

すなわち、右仮処分が取り消された原因は、被保全権利の消滅を理由とするものであって、仮処分申請時における被保全権利の存在や保全の必要性について、何ら判断がなされていないが、原判決も認めるように、(1)商法第二八〇条ノ二第二項違反の事由と(2)著しく不公正な方法による新株発行の事由に基づく被保全権利が存在しなかったのであり、この点を考慮しないで結論付けたことは、事実認定の経験則に違反し、理由不備の違法がある。

3 ところで、新株発行停止の仮処分自体が許容されるか否かについては争いがあり、裁判例も分かれているのであるから、仮処分違反を無効原因とするのであれば、当該仮処分に違反してなされた新株発行であっても、その被保全権利や保全の必要性について、さらに独自に審理すべきものであるにもかかわらず、第一審及び原審においては何ら審理を尽くしていない。

4 もともと保全処分は、対世的効力のないのが原則である。例外として取締役の職務執行停止、職務代行者選任の仮処分があるが、登記がなされることによるものである。

5 したがって、新株発行差止仮処分についても対世効がないから無効にできない。論者によっては、悪意の新株取得者の掌中に新株がある場合は、例外的に新株発行を無効としてよいというが、取引の安全だけを考慮して、保全処分の原則を崩してよいか疑問である。のみならず、新株取得者が害意をもって第三者に譲渡すれば新株発行が有効となり、害意なく手許に残しておれば新株発行が無効となることが結果として妥当か、悪意の新株取得者が引受けた株の一部を善意の第三者に譲ったら、その株の部分のみ有効で、掌中に残した株の部分は無効とすることが、理論的に可能かとの疑問が残る。

6(一) もちろん、仮処分に違反した行為をなすことは、避けるべきである。しかし、それは、

(1) 仮処分決定がその踏むべき手順を踏んでいるか、

(2) 債務者がその行為をあえてなさねばならない必要性があったか、

(3) 債権者の主張は理由があったか等も判断せねばならず、ただ単に仮処分違反だけで無効としてよいか疑問である。

(二) 右(1)についてみると、新株発行差止仮処分違反があれば新株発行無効という説は、結局「差止理由についての裁判所の公権的判断が示されているのに」それを度外視したことを理由とするのであるが、それだけの効果を持つ公権的判断とは、少なくとも仮処分の審理において双方審尋をし、疎明させる(なお心証が得られねば口頭弁論を開く)必要がある。本件のごとく、債権者の主張のみを聞き、疎明にかえて保証金を積ませ、理由を付さずしてなした仮処分にそこまでの効果を認めてよいとは考えられない。

(三) また、右(2)についていえば、新株が発行できないことによる会社の財務体質の悪化は、銀行等の融資に影響し、後に仮処分が理由なしとして取り消されても取り返しがつかない。

(四) 右(3)についていえば、債権者の被保全権利の主張を本案で審理し、その理由がないことに帰した時に、仮処分違反のみをとり上げて新株発行を無効とすることが必要かが問われねばならない。「新株発行が、差止の仮処分を解消する異議による仮執行宣言付仮処分取消判決の言渡確定前になされた場合でも」「新株が発行されてしまえば」「本案の訴は利益を欠き不適法となる」(以上、福岡高裁昭和四七年五月二二日判決)のであるから、本件のごとき当初から債権者の主張に理由のない(後記四8)場合、右判決通りで足る。

7 右6に述べたことは、仮差押の第三債務者の支払と比較しても分かる。すなわち、仮差押は、審尋なしに出されるので、債務者としては第三債務者に対し、債権者の主張する債権は全く存在しないと説明し、支払ってもらえねば倒産の虞があるといった場合、第三債務者がそれを納得して、債務者に支払ったとしても、右債権が存在すれば債権者としては第三債務者から支払ってもらえるから何ら問題はないし、右債権が存しないに帰した場合に仮差押違反の故をもって第三債務者の支払を無効とする必要は全然ない。

8 本件においても、債務者審尋はなされていない。債務者はどうしても金三〇〇〇万円の資金需要があったが、競売で金一〇〇〇円で競落された株であるので金一〇〇〇円で三万株発行しようとしたところ差止仮処分され、一度新株払込期日の経過により払込なしで終わっており、資金需要はさらに逼迫していた。そこで、公認会計士に依頼して、不公正価格といわれない額として一株三九〇七円を定め、一万株再度発行することにしたのである。このような事情のもとで引受払込された新株については著しく不公正な価格といえないし、仮に著しく不公正な価格と認定されれば、公正なる発行価格との差額を取締役ないし引受人に払込ませれば足り(商法第二八〇条ノ一一)、著しく不公正な価格か否かを審理せず、仮処分違反をもって新株発行無効とする要はない(著しい不公正な方法による発行については原審も判断し、被上告人の主張を斥けている)。尚、本件被上告人は昭和五九年七月一六日決議に基づく新株発行について裁判所の取下勧告を断るなどしてきているので、新株発行差止の仮処分の主張は、当初から理由のないこと明らかであった。

9 また取引の安全について、原審判決はその理由三の4では「取引の安全を重視」といい、その理由三の6では「取引の安全を害することはない」という。同じ引受人について、判断が異なってよいのであろうか。思うに、上告人の主張(本書面四の4乃至8)を斥けることができないためであろう。

五 (権利濫用の抗弁について)

1 上告人は、全部抗弁として「権利濫用」の抗弁を主張し、その旨の証拠の申出もしていたが、第一審も原審も、本件は訴えの変更に関する事項が唯一の争点と捕らえ、その判断に終始し、一切の証拠調べを行わず、「権利濫用」の点については、当事者に対し、何らその立証及び反証行為すら促さなかった。

2 しかし、原審は、そのまま終結し、「本件における全証拠によるも、右権利濫用の事実を認めることはできないから」と認定しているが、仮に、右抗弁の成否が裁判の帰趨に問題となるのであれば、原審にはその旨の釈明権を行使すべき義務あるものである。にもかかわらず、このまま終結して判決したことは、右釈明義務に違反した明らかな不意討ちの判決であり、審理不尽は否めない。

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